整備された居住区画と貧民層をとりあえず押し込んだスラム…正規住民の多くが軍属・軍需関連であるのを除けば、ごくありふれたコロニーである。
アナハイム・エレクトロニクスの巨額な資金提供の元新設されたこの官民共営コロニーを、当初の名で呼ぶ者はいない。
当然の如く宇宙港の大半の航路もコロニーの大部分の区画も、軍とアナハイムが占めている。連邦高官と巨大企業との蜜月の一コマを匂わすが、ありふれ過ぎたスキャンダルに市民の関心は薄い。
雑踏の中ターコイズブルーの髪をなびかせて走る少女。
人波を軽やかに縫ってターミナルへ向かう少女の後を、ヨタヨタと青年が追走している。
両手には、ラフな服装に似つかわしくないケバケバしくも高価そうなバッグが下げられているが、重量もかなりありそうだ。
他のコロニーへと向かう者、ここ”アナハイム”に帰ってくる者が行き交う宇宙港ではありふれた光景だ。
「クェス…僕はキミの執事でもなければ、配達屋でもないよ?」
青年の息を切らせながらの抗議を気にするそぶりも見せず、搭乗手続きを終えるとようやく少女は振り返る。
「あら?私も口答えするような執事を雇った覚えもなければ、
小荷物持っただけで息切れするような配達屋を雇った覚えもないよ??
ったく、軍人のクセにだらしないなぁ」
無邪気な笑顔でトゲだらけの言葉を吐く少女、クェス・パラヤだが、歳は青年とさほど変わらない。
ゴシックパンクファッションと変型ポニーテールが彼女を何となく幼く見せている。
「バンドのツアー観に行くだけで、なんであの大荷物なんだよ?」
「モニターで見るのと生で見るのじゃ気合の入れ具合も違うってものじゃない、気合の現れよ!」
何故かガッツポーズを取るガールフレンドにため息をつきつつも、言われっぱなしも癪というものだ。
「まぁ変な男に声かけられて、ほいほい付いていくなよ。浮気はダメだぜ?」
「…浮気って、私に恋人いないと成立しないんだけどさ…その辺どう思う?」
わざとらしくキョトンとした仕草でまっすぐ見つめ返すクェス。
カウンターをもらうがこの程度でダメージを受けるメンタリティーではこの小娘とルームメイトなどしていられない。
一人旅というわけでもなく、女友達数名と一緒だし、なんら心配することもない。
「ハサウェイこそ新しいオモチャ貰って、浮かれて事故っちゃダメだよ?シューフィッターだとか何だとかいって、アンタ調子乗りやすいからさ」
自分を棚に上げつつも、一応の心配をしてくれている言葉につい顔を緩めてしまうハサウェイだが、こんな調子だから尻にひかれるのだという自覚を持つべきだろう。
「別に戦場にでるわけでもないし心配いらないさ。クェスが新しい携帯の使い方覚えるより早く乗りこなしてやるさ」
「バーカ」
ひとしきりじゃれ合ったところで、シャトル搭乗口へと歩き出すクェス。
その後姿を優しく見送ると、踵を返すハサウェイ。
その瞳には意中の女に振り回される頼りない青年の気配は無い。
――新型サイコミュ兵器搭載機の模擬戦テスト…NTとは言えない僕だが、やってやろうじゃないか。