「これほどの機動性を有するとはなぁ!」
チンクエが吼えた。
予測を上回るガンダムの機動性、あの4つのぶ厚いスラスターか、30m級のMSでありながらこのギラ・ドーガの上をゆく。
緊張と歓喜に唇が歪む。
――ライフルを連続で2発、ここまでは避わす!だがっ!!
ビックスを翻弄した予測射撃――。
OS CAと彼の卓越した射撃技術…その連動がなされた時、放たれた弾道は正確に敵を照準へと誘導する――!
しかし――。
「!?」
モニターのアラートが左に警告を発する。と同時にチンクエはサーベルを引き抜いていた。
ギィイーン!
拮抗するエネルギーの奔流が生まれ、2機は鍔迫り合いの形を取った。
「良い判断だ、サーベルの形状なら…ケリは付いていた」
共通回線を介し、ハサウェイは称賛とも余裕とも付かぬ言葉を発した。
通常のサーベルより面あたりの出力で勝るアクス・モードに切り替えたのはチンクエではなくOS CAの判断だった。
――機械に助けられるか!?なってない!!
しかし、今考えるのはそんな些事ではない。眼前の敵、眼前の脅威、眼前のガンダムだ。
サーベルをいなし、一閃。ハサウェイも容易くそれを受け流す。
「素晴らしい機体だなぁ!ガンダムのパイロット、出力!加速!機動性!どれをとっても超一級だ!」
「何故こんな愚かな行為をする?外壁に大穴でも開けば、取り返しの付かないことになるっ!」
「粛清だ!何年経っても連邦の本質は変わらん!それを我々が断罪する!そのために私は帰ってきた!!」
一旦仕切り直し――互いに構えながらハサウェイは問う。
「『帰ってきた』だと?お前は!?」
いぶかしむハサウェイにチンクエが迫る。
「なってない!なってないぞ連邦!忘れたか!私を!!」
怒涛の斬撃で攻める!この間合いならば、サーベルよりもアクスの方が疾い!
「この恐怖を!!」
ガィイイン!
またも受け切った…鍔迫り合い…流石はガンダムを駆るだけの事はある。
だが、白兵戦に持ち込めたのはチンクエにとって理想的な交戦状態である。
機体性能の差を最も埋めやすい近接兵器を用いた格闘戦――これならっ!
「その身をもって思い出せぇ!ガンダム!!」
ビームトマホークの形状を変化、出力を一点に集中させる。
ピッケル・モードに切り替えたそれは――絶対的な貫通力を有する。
オデュッセウスのサーベルの光刃をブチ抜き、コクピットへ突き立てた――!
――はずだった……。
「っっ!?何故見切れるっ!!?」
「勘が良くてね…シャア・アズナブル…そう呼んで貰いたいのかい?偽者さん」
ハサウェイは不敵に笑った。
ピッケルの柄を、オデュッセウスの腕がガッシリと掴んでいた。
貫通力に特化するあまり、その間合いは明らかに狭い…。無類の貫通性を有した光の楔は、
コクピット寸前まで迫りながらも空しくその輝きを誇示するのみであった。
「ぬぅう!!」
チンクエは呻いた。
力勝負となっては優劣はあまりにもハッキリしている。抵抗の余地も無く武器をもぎ取られ――。
己の武器で斬りつけられようとは!
ピッケル・モードであったのが幸いしてか、辛うじて回避できた。信じたくは無いが、格闘戦において分はヤツにある…。
――認めん!認めんぞ!!チンクエは獣の如くオデュッセウスをにらみつける。
「私がっ第二のシャアとなるのだっ!」
牽制しつつサーベルの間合いから離脱する。
「欺瞞に満ちた連邦はっ!我々が粛清せねばならぬ!!」
だが――。
グレネード4発の同時発射に加え機雷、ライフルでの予測射撃――それをもってしてもオデュッセウスを捉えきれない。
「あの男はこんなチンケなやり方で人類を変えようとは思わん!!」
オデュッセウスのライフルがチンクエ機を捉え、ハサウェイが叫ぶ。
「お前達の行いもまた、欺瞞に満ちたものであるとっ!何故分からない!!」
「くぅっ!!」
身を翻し回避――が、出来ない!!
ドン!と衝撃がコクピットを揺るがす。予想を上回る超高速で撃ち出されたオデュッセウスのライフルはチンクエ機の左肩から先を吹き飛ばしていた。
「な、なんだ!?あのライフルは??初速が違いすぎる!!」
動揺と共にもう一つの感情…怒りが込み上げる。
「外れたんじゃ…ないな?外したな!?わざとっ!この俺にぃ!情けをかけるか!!?」
唇をわなわなと震わせるチンクエにハサウェイが冷徹に言い放つ。
「過去の亡霊になりすまし、人の死に乗って、何が世直しだ!!投降しろ!さもなくば今度こそ墜とす!!」
その言葉がチンクエを激昂させた。
「戦士を侮辱するかぁ!?貴様ぁ!!なってない!なってない!!戦場とは戦士の魂のやり取りの場だ!
己が命を賭して殺すところだ!奪われるところだ!覚悟があるっ!省みん!戦士は己が命など省みんっ!!
貴様は俺を侮辱したにとどまらん!かつてこの宇宙に散っていった、幾千幾万の英霊を侮辱したっ!!
ガンダムのパイロット!!貴様はっ!貴様だけは!!」
チンクエ機のライフルが放たれる。
――!?どこを狙って…?
ガボッオォオ!!
見当違いに放たれたと思われたそのビームは、オデュッセウスの頭上――デプリ付近に残った機雷に命中した。
「チィイ!」
即席のクレイモアと化したデブリの残骸がオデュッセウスに殺到する。
掻い潜ったハサウェイの技量もさることながら、その軌道を見切ったチンクエも正にエースである。
「悪あがきを!」
チャフが仕込まれていたのか、センサー類が飛び、完全な目視戦闘を余儀なくされる。
「!?」
視界の隅に赤い機影を捉えたハサウェイ――だが――。
――フェイクだ!主に捨て去られたシールドとライフルが漂っていた。
一瞬注意を削がれたハサウェイの死角に赤い狂乱の戦士が躍りかかる!
「戦争を舐めるなぁ!小僧ぉおお!!」
予備サーベルを出力全開で無防備なオデュッセウスの背に突き立て――られない!
振り向きざまにオデュッセウスのサーベルは凶刃を受け止めていた。
「バカな…チャフ付きの機雷だ…センサーは飛んでいた…お前は…後ろにも目があるのか!?」
爆散したチャフによる電波障害はすぐに止んだ…。
「お前は戦士じゃない…戦士は生きなきゃいけない…生きて何かを守りぬかなきゃいけない…
詭弁にすらならない妄言を並べて戦闘に酔うお前は、単なる戦闘狂に過ぎん!」
怒りを帯びたハサウェイの言葉に唇を引き攣らせるチンクエ。
「小僧ぉお!それこそが連邦の傲慢そのものだと何故分からんっ!!」
だが絶叫と共に振り下ろされたサーベルはオデュッセウスを掠めることも無かった。
チンクエは斜め左前方を見上げた――振り下ろされるサーベルがやけにスローモーションに見えた。
「バカ野郎ぉおお!!」
オデュッセウスの一撃がチンクエ機の頭部から右腕をなで斬った。
「ぐっ!モ、モニターが!?」
激しくショートする赤い機体、モニターが次々とブラックアウトし、計器類が狂ったように点滅を繰り返す。
「これで分かったろう!ギラ・ドーガのパイロット!キミでは僕を倒せない!
おとなしくしていろ…キミたちの処遇は、法の手に委ねられる」
苦々しくハサウェイは通達した。
――命を大切に出来なくて、何で理想を語れるっていうんだよ!?