明くる日の昼下がり――。
施設の一角、機材と資料が溢れる無機質な一室は、似つかわしくもない食欲をそそる香りに満ちていた。
「うぅ~~ん…デリシャス!やはり酢豚は広東店(カントンテン)に限るねぇ!そうは思わんかねサリー君!」
ペチャクチャと、およそ上品とは言えない食べ方で酢豚を貪るローズマリーの姿があった。
同席するのは助手のサリー。見た目は20代後半か?
黒いワンレンにべっ甲縁メガネ――美人だがお茶に誘ってもそうそう快い返事など貰えないだろう…そんな印象の女性だ。
カチャリと2皿目を置いたところで、ローズマリーはリモコンを操作した。
映し出されるのは先日の戦闘記録。解析結果であろうか?彼の操作で何やらデータが映像に重なる。
チンクエ機をあしらうオデュッセウスの記録である。
「ほらココ…大したものだ」
デプリを利用したチンクエの”即席クレイモア”を回避するオデュッセウスの軌道――。
そして同時にチンクエの不意打ちを防ぎきる反応動作。
「NT適正とはね、結局は杓子定規な定義に過ぎんと私は考えるよ。」
ズズリと食後のお茶をすするとローズマリーは続ける。
「目安としては機能するがね…本当にハサウェイ君は典型的なパターンだ。
真に必要な時――戦闘時においてその能力が発揮されている。」
「サイコミュによるNTとしての空間認識能力の拡大、第六感的感覚の鋭敏化…。
見たまえ、テストケースとの比較を、まるであのアムロ・レイを彷彿させるものではないかね?」
ローズマリーの声は弾んでいる。まるで新しいオモチャを自慢する子供のようだ。
「博士、それは過剰評価です…平時におけるデータとの相対値としてのNT能力の向上は確かに興味深いものですが…」
サリーが手元のリモコンを操作する。伝説的英雄のデータが比較対象として映し出される。
「ですが絶対値としての比較では、NTとしてのハサウェイ・ノアはアムロ・レイと比喩するには価しません
…無論、データ採取の状況・サイコミュの性能差・実戦経験など、加味しなければならない要素は多いですが
客観的視点においてハサウェイ・ノアの評価は”NTとしての素質”がある…に止めるべきでしょう
極めて完成度の高かった強化人間、ギュネイ・ガスが”格下”とあしらわれるほどのNT、アムロ・レイはやはり別格として扱うべきです」
淡々とサリーは上司の言葉を否定した。
キャハハとローズマリーは笑うと、彼女のアムロ贔屓をからかった。
「事実を申し上げただけです」
目を合わせようともせずに言い切った…。美人の部下にないがしろにされる自分も悪くない。
むしろそれが、研究生活の中でなかなかのスパイスとなっている。
ゆえにローズマリーはサリーのみを助手として常に同伴させているのだ。
「よろしい…少々認識に差異こそあるが…ハサウェイ君に対し一定の評価を与えている点では、私達の認識は一致しているな」
「次のフェイズ~」
モニターに映し出されたのはアルゴス・システムの解析データである。
「ハサウェイ君の脳波パターン…そう、この部分…音声データによると、毒ガス散布部隊への…怒りをあらわにした時だ」
「敵意の発露、明確な攻撃意思ですね」
サリーが記録してゆく。
「そう…まさにその通りだ……もう一つ重要なのはこの点…悲しみかな?失望かな?
とにかくある種のマイナスの感情…このケースの状況を考えると…絶望か…
まさに怒りという感情の酸化現象を爆発的に高める酸素の役割を果たしているものと私は見ている。」
「博士にしては珍しく推察でモノをおっしゃいますね」
面白そうにサリーはクスリと笑った。
「ですが同感です。だからこそ、ハサウェイ・ノアのレベルでもアルゴス・システムは起動した…。私もそう推察します」
美貌がそう見せるのか?その声は酷薄に響いた。
「さぁ、いよいよ本題……わざわざ営業までして得たこの機会だ。存分に検証していこうではないか…”パイナップルの分量”を」
マザーファンネルの軌跡からその展開、チャイルドファンネルの射出から”仕上げ”に至るまでのデータがモニターを賑わせる。
「マザーファンネルの軌跡を見る限り…ハサウェイ君のサイコミュ兵器操作能力は…期待できるものである…と、私は思う
これほどの遠距離から的確に攻撃ポイントへ飛ばし、”狂乱索餌”状態にありながらも的に当てるとは…正直……予想してなかったよ」
「同感です…マザーファンネル、及びチャイルドファンネルは互いの情報を完全にリンクさせることでキリングゾーンの形成、
及びイレースを行います…基礎アルゴリズムとの連携で、使用者のNT能力に依存しない正確性を持った攻撃パターンを生み出せます…
理論的には、まさに理想的なシステムですが……
サイコミュからのオーバーバッファはパイロットの精神状態に影響を与え、ファンネルコントロールに大きく影響を与えます」
「そう…情報の共有とは、同時に情報の混乱という危険を伴う…ターゲットを捕捉したときの情報の伝播がスムースに行かなければ
当然行動パターンの演算に支障が生まれる…掻い摘んで言えば暴走する…これが第1の課題”狂乱索餌”…
さらに各々のファンネルがサイコミュ増振器となって…パイロットへ過剰な情報の還元を行う…これが第2の課題…オーバーバッファ」
「今回問題となったのはまさに第2の課題ですね」
「いかにも…第1の課題”狂乱索餌”については現時点では概ね良し…
ハサウェイ君のレベルでここまで制御できるのであれば問題ない…元々、”チャイルドファンネルはコントロールなど必要ない”のだから」
「同意します…マザーファンネルでチャイルドファンネルの行動範囲さえ定義すれば、あとはたとえ”狂乱索餌”が起きようが問題ないです…
1つのターゲットに対し複数のチャイルドファンネルが攻撃行動を起こすという点は、ターゲットの完全破壊を目的としている以上、
かえって好都合です」
「20基というマザーの数には、私にも躊躇があった…だがね…仕事は手早く、正確に行うべきだと判断した」
「素晴らしいことです」
ニコリとサリーが笑った。まるで子供の教育方針を論じる祖父と母親のような和やかさである。
「オーバーバッファに関しては、ファンネル間の共振レベルを下げることで対処する以外はなさそうだな…
サイコミュを通じて周囲の思念を吸い上げ…パイロットへフィードバックする…
どの道パイロットには多かれ少なかれ負荷はあるが…ハサウェイ君のレベルで壊れかけるようでは困る」
「ごもっともです。強化人間の技術開発は大きく進みました…とはいえ、やはり”感じすぎる”傾向は否めません」
「使う度にパイロットが壊れる…それではコスト的に採算が取れん…兵器も強化人間も、NTも変わらんよ…大切に扱いたいものだ」
「提供された各研究所の”失敗作”は使い潰してしまいました…ハサウェイ・ノア…彼にはがんばってもらわねばなりません」
兵器も人間も、彼らには同じものなのか――黒い認識が2人の間で一致した。
ズズズゥーッと、冷めたお茶を飲み干すとローズマリーは目を細めた。
「重篤な事態にならなかったのは正に僥倖…ハサウェイ君の回復を待ち、次の試験をせねばな…」
魔神の名を冠する兵器を育てる悪魔は、2人顔を合わせると破顔した。