オルレアン特区4バンチ…複数のコロニーから成るオルレアン特区の中心的コロニーの一つである。
賑やかな都心部の中、特徴的な建造物は異様な雰囲気に包まれていた。
「なんか客層スゲーな」
「なんかライブだとよ」
「ヘビメタ?」
「若いヤツラの趣味はわからんねぇ」
入場を待つ長蛇の列を、仕事帰りのサラリーマンが怪訝そうにチラ見する。
開演時間が近づき、門が開くとファン達は殺到した。
爆音のようなドラムとベース、ギターが織り成す重低音がドームを揺るがす。
歓声を上げるファン達の事など眼中に無いのか…虚ろな瞳でステージに立つ男…。
怪物の胎動を思わせる旋律は更に勢いを増し、男の身体は徐々に痙攣を始める。
そして――。
胎動が止み、男は強張った身体をマイクスタンドに巻きつけていた。声援が――止んだ。
――そして、地獄の門を開くかのような絶叫と共に、爆音は再開された。
再び巻き上がるファンのそれは、歓声か絶叫かつかない。狂乱の宴が幕を開けた。
メタルバンドと呼ぶ者がいる。ヴィジュアル系バンドともてはやす者がいる。
しかし、正確に彼らを形容するジャンルは浮かび上がらない。
ライブでのパフォーマンスの激しさのため、その身体には生傷が絶えない。
会場の上から飛び降り、骨にヒビを入れながらもライブを続行した時もあった。
某コロニーの地上波でライブが流された時はそのあまりの過激さに、地上波からはその後オファーが来なくなった。
破滅へ突き進むかのようなその軌跡はある種のカリスマとなって熱狂的ファンを生み出し惹きつけて止まない。
自分で何を叫んでいるかすら分からない。感動と興奮が全感覚を支配していた。
狂騒の中にクェス・パラヤはいた。
汗だくなったクェスたちが会場を出ると、既に時計は22時を過ぎていた。
「超感動だったよね!」
興奮冷めやらぬミサカが抱きついてくる。
「ちょっと、苦しいよミサカぁ」
抗議するクェスとミサカのじゃれあいを楽しそうに眺めるマリアンとケイ。
「オリジナルTシャツ買ったけどさぁ、サイズ合うかなぁ?」
にやつきながらクェスを見るミサカ。
「良いよねぇ、クェスは胸ちっちゃくて――サイズの心配ないんだもん」
ポンポンとはたかれ、クェスのこめかみに青筋がうっすらと浮かぶ。
「コラコラ、ミサカ~、あんまりからかうと噛みつかれちゃうよ」
全くたしなめる気もないマリアンの声。
「彼氏いるんだろー?揉ませろ揉ませろ!ちょっとくらいは大きくなるかもよ~」
――ミサカ…ライブで私がご機嫌じゃなかったら殺す!
「アレは彼氏じゃないよ、ただのルームメイト!やらしい勘ぐりしないでよね」
「え?アレって誰?誰もハサウェイだなんて言ってないよ?」
――うっ。
耳まで赤くなるクェス。
「ほらほら3人とも…はしゃぎ過ぎよ」
かしましい3人をまとめるのは、最年長のケイの役目だ。
「ホテルのレストランは閉まってるし…適当な店探しましょうか」
――助かった。どうもコイツらにはオモチャにされっぱなしだ…。ハサウェイ…覚えてなさいよ…!
ムチャな論理で怒りの矛先をルームメイトに向けるクェスであった。
騒がしい4人の姿にチラチラと視線を向けながら通行人が行き交う。
そんな中、足を止めクェスを注視する女がいた。
長身のグラマスな身体をスーツに包んだブロンドは、モデル張りの美貌である。
歳は30半ばを過ぎているか――。が、それがかえって女の色香を艶のあるものにしている。
「知り合いかい?」
連れの男が尋ねる。歳は彼女と同じくらいに見える。
少しウェーブのかかった栗色の髪、整った顔立ちのようだが、サングラスで素顔は知れない。
「そうね…昔の部下で…恋敵だったわね」
自嘲とも懐かしさとも取れる微笑を浮かべると、男に視線を移す。
「貴方にとっても”元知り合い”よ…ホワイト」
僕にとっても?と、怪訝そうなホワイトに微笑むと携帯を取り出し何やら指示を出す。
「私よ、お使いを頼みたいの…仕入れて欲しいものは――」
20時間後――。
「遅い!」
コリントス・コロニー――”アナハイム”に降り立ったクェスは苛立っていた。
冷やかすミサカのスネを蹴ること3回、到着後30分を過ぎてもルームメイトは姿を見せない。
「じゃあ、私達これで帰るね、また今度騒ごうね!」
この様子では、たとえ彼氏が迎えに来たところで痴話喧嘩勃発――巻き添えを喰らい兼ねない……。
そう判断してか、3人の友人はターミナルを後にした。
引き攣った笑顔で彼女達を見送ると、チラッと脇を見た。来る時よりも更に質量を増大させた荷物がどっしりと横たわっている。
「携帯にも出ない…アイツゥ~~、私を何だと思ってんのよぉ」
唇を尖らせながら、ずるずると荷物を引きずりタクシーに乗り込む。
どんな文句を言ってやるか考えながら家の門をくぐった時には、もう陽も暮れ始めていた。
鍵は開いている。そのくせ、お帰りの声は無い――。
「休日だからって寝っ放し?弛んでるなァー」
文句を言いながらも何か寂しい。1週間ぶりなのに…。
何故か沈んでしまった顔を、無理矢理怒った顔にしてノックも無しにドアを開ける。
――?
西日が差し込む薄闇――ベッドの上、半身を起こしたまま放心しているハサウェイがいた。
「あぁ…クェス……おかえり」
「ハサウェイ…?あなた……??」
西日が作り出す強い陰影のせいだと思いたかった。酷くやつれた顔を見て、クェスは絶句した。